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近代国家で死刑制度を今も存置するのは、日本とアメリカの2つだけだとよく言われる。でもこの2つの国には、とても大きな違いがある。処刑方法だ。
日本の死刑執行の方法は絞首刑だ。かつてアメリカもそうだった。理由は手間がかからず費用も抑えられるからだ。でもやがてアメリカは、処刑方法を電気椅子に変える。なぜなら絞首刑は苦痛を与えているとの説が登場したからだ。
実際には絞首されても人は簡単には死なない。吊されながら10分以上息があることも少なくない。その間に意識を保っているのかどうか、それを確認できた人は誰もいない。この状態から現世に戻ってきた人もいない。だから苦痛については、厳密にはわからない。
でもアメリカの場合は、苦痛を与えている可能性があるとの世論が高まり、処刑方法を電気椅子に変えた。ところがその後、電気椅子も苦痛を与えているとの意見が登場し、多くの州が薬物注射に切り替えた。
現在は、この薬物注射も苦痛を与えているとの理由で、死刑執行を一時停止している州がある。人道的な処刑というそのレトリック自体が、きわめてパラドクシカルでシニカルだとは思うけれど、でも少なくともアメリカは悶えている。悩んでいる。
日本の処刑方法は、明治以降まったく変わっていない。ずっと絞首刑だ。死刑囚たちが感じる苦痛について、悩んだり考えたりする人が、ほとんどいないからだろう。
アメリカの州の多くは処刑の場に、被害者遺族や加害者の家族、メディアなども立ち会わせる。でも日本の法務省は、遺族やメディアを立ち会わせるどころか、処刑についての情報をほとんど公開しない。理由は単純だ。この国の民意が情報公開を望まないからだ。要求しないからだ。
死刑制度も犬猫の殺処分も、多くの人が目を背けるという意味では、位相はきわめて近い。目を背けるから行政は本能的に隠す。隠されているから、効率や予算ばかりが優先される。
その帰結として、殺す側も殺される側も含めて、多くのいのちが苦しんでいる。悶えている。年間約30万匹以上のいのちが、安楽死という共同幻想のもとで断末魔の声をあげながら、殺処分されている。
"犬猫30万匹を“安楽死”させる僕たちの民意 | 森達也 リアル共同幻想論 | ダイヤモンド・オンライン (via raurublock) (via yuco)